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当たる四柱推命・風水 陰陽五行とは?


夏音紅花の四柱推命とボタニカル風水について

当たるといわれる四柱推命占いと風水の基本理論「陰陽五行」について説明しています。運勢・性格は生年月日・時間から割り出した四柱推命命式は、干支を陰陽五行に当てはめて読み解いていくものが四柱推命です。

ボタニカル風水は、陰陽五行を応用した植物開運メソッドです。

陰陽論

天地万物は、すべて「陰」と「陽」から成り立っていると考えます。その陰と陽とが交互に顕れる、これを二元論といいます。

これは、世の中の事象すべてがそれだけで独立しているのではなく、「陰と陽」という対立した形で出来上がっていると考えます。

男女、明暗、冷熱、乾湿、火水、天地、上下、凹凸、剛柔、左右、善悪、内外、昼夜、強弱、大小など。

 

人間の精神は、天の気=陽で、肉体は地の気=陰。

 

生は、その精神と肉体の結合であり、死は、両者の分離であると説いています。

 

陰と陽は、お互いに伸長を繰り返し、陽が極まれば陰が萌してくるというように、新たな発展を生むという考え方です。

 

陰陽理論は、のちに「易」としてまとめられ「易経」となりました。

 

その根本原理は、下記の対極図です。

この図は、冬至から夏至、夏至から冬至へと「時」が移り変わる原理を示したものです。

冬至はこれ以上太陽が弱ることはなく、弱さの極みに達した時点で、その瞬間から次第に太陽が強くなっていきます。

夏至は、これ以上太陽が強くなることはなく、強さの極みに達した時点で、そこからは陰(月)の勢いが強くなっていきます。

 

「陰極まれりて陽と兆す。 陰極まりて陽と兆す」というくだりは宇宙の定理を示したものです。

 

この陰陽論は、中国で始まったものではないという説があります。紀元前5世紀ごろには、中央アジアのパミール高原の遊牧民族が知っていたようです。

海抜何千メートルの高地で見る夜空には美しい月と星、昼には刻々と輝く太陽はどこまでも近かったということです。

 

つまり、陽と陰の入れ替わる姿で、人々は地球を知り、生きることができたのです。

そこから西へ伝播してギリシャ哲学に結びつき、東に伝播してインド・中国哲学に至ったという事です。

ほとんど同時代にギリシャ哲学、中国哲学が「陰陽論」を唱え、「五行論」までも唱えていたそうです。

 


五行論

中国の古典「書経」や「左伝」によって説明され、以後学問的に研究され成立しました。

天地万物は、突き詰めてみれば全て「木」・「火」・「土」・「金」・「水」の五つに分類できるという思想です。

陰陽論は遊牧生活でも活用されていましたが、五行論は農耕生活の発達と共に発展することになります。

農業は、四季を意識することなしには営めません。よって、春・夏・秋・冬をそれぞれ木、火、土、金、水に分け、その変わり目を土として生活のスケジュールを立てて生きていました。

これによって「天」つまり「宇宙」というものの仕組みを知ることとなり、五行論として成熟して今に至りました。

相生・相克・比和

上記の図をご覧ください。木・火・土・金・水は、単に分類するだけでなく、一定の法則に基づいて関連しあっています。

その一つが「相生」の法則です。

外側の青の矢印が、それに当たります。 木から順に火・土・金・水と「時」の経過する順序を示します。

木が火を生み、火が土を生む。土が金を生み、金が水を生む。という巡りになっています。



次に内側緑の矢印、「相剋」の法則です。

これは、すべてンものに「存在意識がある」というものです。

「剋」には他をコントロールする働きがあり、挑むという意味もあります。


例えば、「木」は土から栄養を吸い取るため、土は弱ります。しかし、木が根を張ることによって、土に酸素を供給するので土が元気になります。


また、「金」お金属が木を切ることにより、木を剋します。しかし、木を切ることによって「木」が道具に変わります。


このように、良い働きかけという意味もあります。


「比和」の法則


これは、同じエレメントをプラスすることにより、そのエネルギーを補充する働きとなります。


このように、天地万物は全て五行分類され、そのひとつひとつに「陰」と「陽」があり、相生相剋の法則にしたがっているのです。


これが、陰陽五行論の基礎的な考え方となります。